石造りの回廊、重厚な木建具の間を回遊していると濱田庄司、河井寛次郎、バーナード・リーチらの作品がニコニコしながら迎えに来てくれる。大切に使い込まれた建築のみが醸し出すことができる空間がアサヒグループ大山崎山荘美術館にはある。ニッカウヰスキーの創始者の1人・加賀正太郎が大正時代に完成させたこの豪壮な山荘が、マンション建設のために取り壊し寸前だったとはにわかに信じがたい。
何かユニークな方法で、この山荘を後世に残しておきたい、それもできるだけ多くの人たちに喜んでもらえるようなかたちで・・・。(中略)展示されている美術品には、アサヒビールの初代社長である山本為三郎氏の陶磁器コレクションやアサヒビール所有のモネの絵画も含まれているが、その後もたくさんの方々から寄贈をいただいている。企業として、社会にいかなる還元ができるかを常に念頭に置かなければならないというのが、私の持論である。ささやかではあるが、お役に立てたと思っている。
樋口廣太郎
そう、大人がしっかり見守らなければ、「子供」は大切なものを簡単に捨ててしまう。

NEWS! ご案内をいただきました 🤣
企画展:つながる民藝
縁ぐるり
会 期:2025年4月19日(土)~7月6日(日)
10:00〜17:00(最終入館は16:30)
入館料:1,100円(一般)
会 場:アサヒグループ大山崎山荘美術館
京都府乙訓郡大山崎町字大山崎小字銭原5-3
075-957-3123
1920年代に思想家の柳宗悦(1889〜1961)らを中心にはじまった民藝運動は、地域や国境、職業や世代を越えた人々の多様な繋がりを生みだしました。そのなかのひとり、朝日麦酒株式会社(現アサヒグループホールディングス)の初代社長をつとめた山本爲三郎(1893〜1966)は、民藝運動を草創期から支えた人物として知られます。山本のもとに集まった品々は現在、山本爲三郎コレクションとして当館に所蔵され、「民藝」という言葉の誕生から100年を迎えた今なお、褪せることのない魅力を放っています。
本展は、この山本コレクションから9人の作家(濱田庄司、バーナード・リーチ、富本憲吉、芹沢銈介、棟方志功、河井寬次郎、黒田辰秋、青田五良、エセル・メーレ)に焦点を当てるものです。濱田とリーチ、リーチと富本、富本と芹沢、メーレと濱田という連続的なペアを作り、各々の作品とエピソードから、彼らの関係を一つの円環のように浮かび上がらせます。いわゆるグループ展とも2人展とも異なる試みが明らかにする、9人それぞれの関係性や意外な共通点、さらにはこの円環に派生する人々のつながりをご覧ください。

こちらは、染色家・柚木沙弥郎さん(1922〜2024)の展覧会:染の仕事@アサヒグループ大山崎山荘美術館を記念して開催された講演会。たまたま手にした雑誌「民藝」で染色家・芹沢けい介(1895〜1984)の仕事に衝撃を受け型染めの世界に飛び込む事になった経緯や、思想家・柳宗悦(1889〜1961)、陶芸家・バーナードリーチ(1887〜1979)、濱田庄司(1894〜1978)ら民芸運動の先達から学んだ創作における姿勢などを、言葉を慎重に選びながら語って下さった。
柚木さんの作品も、伝統的な英国建築の意匠に見事にマッチングさせた展示構成で、正に民藝の「用の美」を具現化したものでした。1年半ぶりに訪れた美術館も庭園修復がほぼ完了していてアプローチの庭木が一段と清々しく誇らしげだった。

こちらは、講演後に訪ねたサントリー山﨑蒸溜所。ここに国産ウイスキーをつくるため1923年に日本で初めて作ったのは、寿屋(現・サントリー)の創業者・鳥井信治郎(1879〜1962)。初代工場長には、後にニッカウヰスキーの創業者となる竹鶴政孝(1894〜1979)が迎えられました。京都・JR山崎駅から徒歩10分。