アサヒビール大山崎山荘美術館

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石造りの回廊、重厚な木建具の間を回遊していると濱田庄司、河井寛次郎、バーナード・リーチらの作品がニコニコしながら迎えに来てくれる。大切に使い込まれた建築のみが醸し出すことができる空間がアサヒビール大山崎山荘美術館にはある。ニッカウヰスキーの創始者の1人・加賀正太郎が大正時代に完成させたこの豪壮な山荘が、マンション建設のために取り壊し寸前だったとはにわかに信じがたい。

「何かユニークな方法で、この山荘を後世に残しておきたい、それもできるだけ多くの人たちに喜んでもらえるようなかたちで・・・。(中略)展示されている美術品には、アサヒビールの初代社長である山本為三郎氏の陶磁器コレクションやアサヒビール所有のモネの絵画も含まれているが、その後もたくさんの方々から寄贈をいただいている。企業として、社会にいかなる還元ができるかを常に念頭に置かなければならないというのが、私の持論である。ささやかではあるが、お役に立てたと思っている」(樋口廣太郎)・・・そう、大人がしっかり見守らなければ、「子供」は大切なものを簡単に捨ててしまう。

NEWS! ご案内をいただきました 🤣

展覧会:没後40年 黒田辰秋展
    山本爲三郎コレクションより
会 期:2023年1月21日(土)~5月7日(日)
    10:00〜17:00(最終入館は16:30)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)
入館料:900円(一般)
会 場:アサヒビール大山崎山荘美術館
    京都府乙訓郡大山崎町字大山崎小字銭原5-3
    075-957-3123

黒田辰秋(1904〜1982)の没後40年を記念する展覧会を開催いたします

京都の塗師屋ぬしやに生まれた黒田辰秋は、早くから木漆工芸の制作過程における分業制に疑問を抱き、一人で素地から塗りや加飾、仕上げまでを行う一貫制作を志します。柳宗悦や河井寬次郎の知遇を得たことで民藝運動と関わり、1927年に上加茂民藝協団を結成して志を同じくする青年らと共同生活を送りながら制作に邁進しました。協団解散後本格的に木漆工芸作家として歩み、精力的な活動のすえ、1970年には木工芸分野で初となる重要無形文化財保持者(人間国宝)に指定されます。

本展ではとりわけ、ゆるぎない基礎が確立した20代前半の凝縮された時期に焦点を当てます。民藝運動との出合いを経た黒田は、1928年、御大礼記念国産振興東京博覧会に出品されたパビリオン・民藝館で、初期の代表作である欅拭漆のテーブルセットをはじめ多くの家具什器を手がけました。民藝館は、運動の支援者であったアサヒビール初代社長・山本爲三郎が建物と什器を買い取り、博覧会終了後に大阪・三国の自邸に移築、三國荘とよばれるようになります。

山本家から当館に寄贈され、開館以来当館所蔵品の軸となっている三國荘ゆかりの山本爲三郎コレクションを中心にこのたび所蔵品を一挙に公開、黎明期からその後の展開にも触れながら、名匠黒田辰秋の創作の原点に迫ります。

こちらは、国産ウイスキーをつくるため日本に初めて建設されたサントリー山﨑蒸溜所。作ったのは、寿屋(現・サントリー)の創業者・鳥井信治郎(1879〜1962)。初代工場長には、後にニッカウヰスキーの創業者となる竹鶴政孝(1894〜1979)が迎えられました。京都・JR山崎駅から徒歩10分。アサヒビール大山崎山荘美術館を訪ねた際には立ち寄って欲しい。ウィスキーの製造工程を見学するガイドツアー(有料、要予約)が人気です。

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