古い漁具

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アイキャッチ画像は、地元の漁師から譲って貰った土師器の風合いを持つ素焼きの漁具・はぜ壺。胴部分の曲面の脹らみや穴の形状に民芸的な趣もありコレクションしています。先日、倉敷民藝館に19世紀・江戸時代のハゼ壺が展示されている事を知り記事にしました(笑)。

はぜ壺@倉敷民藝館

はぜ壺は、海岸の浅瀬に「壺はえ縄漁法」の要領で仕掛けておき、潮の頃合いを見計らって引き上げる。その際、船の上に大きなタマ網を置いておいて、その上から壺の中に入っている獲物を海水と共に排出して捕獲するのですが、時にはイイダコやメバルなどが入っていて漁師を喜ばせたという。横に開いている丸い穴は、海面より引き上げる時に海水が抜けて中の魚を逃げさせない工夫。マハゼがつがいで入る習性に着目し上部に2つ開けた穴も、結果的に、一方の穴から空気が入る排水性、ロープの結び易さ、海底での座りに配慮した形状となって完成している。

1970年代までは瀬戸内海で盛んに使われていたようですが、河口域の乱開発によりマハゼの姿が急速に消えてしまい、この漁法も廃れ、これらの壺は遺棄されてしまった。

倉敷民藝館

NEWS! ご案内をいただきました 🤣

企画展:李朝の工芸 第一期
会 期:2021年12月3日(金)~2022年5月29日(日)
    9:00〜17:00
入館料:1,300円(一般)
会 場:倉敷民藝館
    倉敷市中央1-4-11
    086-422-1637

李朝の工芸は、李氏朝鮮王朝時代(1392年から1897年の朝鮮半島)の工芸を指します。工芸品は実用性(用途に沿った形・素材・機能・さらに美しさ)を備えた人々の生活や文化を支えるための道具です。 民藝運動の創始者である柳宗悦は、1914年に朝鮮陶磁壺の美しさに魅了されたことを機に、無名の工人によって作られた日用品の美に目覚めます。 この品には「和」の心根が美しさとして現れており、人情を通わせ美しい心を持たせてくれると考えたのです。 柳にとって強い衝撃を受けたこの出会いは、後に民藝美論の確立へと続いていきます。そして朝鮮の工芸品の価値を広く人々に紹介したいとの思いから、 1924年に朝鮮王朝の王宮であった景福宮内へ朝鮮民族美術館を開設しました。柳は固有で独自の美を生む力を持つ朝鮮民族の人々を敬愛していました。

倉敷の地にも民藝を広めるべく、日本民藝館に次いで開館したこの倉敷民藝館にも、 初代館長・外村吉之介が中心となり収集にあたった朝鮮半島の工芸品(民画、陶磁器、木工品、石工品、金工品など)が多数収蔵されています。土地も時代も異なる文化が今回の主題ですが、温かみのある白磁器や、感性豊かな民画、丈夫で彫刻が美しい木のお膳などの工芸品からは、 手仕事の素晴らしさや日々を力強く生きるための生活の知恵が見受けられます。今回7年ぶりとなる李朝の企画展へご来場頂けますと幸いです。

小型の蛸壺や土垂

こちらも同じ漁師から譲って貰ったイイダコ(飯蛸)を捕獲する小型の蛸壺や漁網を沈めるための土垂(どすい・別名:イワ)。素焼き製で長さ5〜12cm、紐(クモ)を通すための孔や凹みがある。この種のものは、縄文・弥生時代の遺跡からも多く出土していますが、これは近年のもの。海底を長年引き回され、肌がなかなか良い景色になっています。土垂は、茶事の蓋置きとしても人気があると聞きました。

むかし下津井回船問屋

倉敷市児島にある明治時代の回船問屋の建物を復元した資料館・むかし下津井回船問屋にもはぜ壺が展示されていました。また、瀬戸内海周辺の歴史と文化財を学ぶには、建築家・山本忠司さんが手掛けた瀬戸内海歴史民俗資料館の展示品もお勧め。瀬戸内海を一望出来る景勝地・五色台の山上に鎮座。2021年、館内に「瀬戸内ギャラリー」を設け、常設で語れない企画展示を行なっている。観覧無料!

瀬戸内海歴史民俗資料館

山本忠司(1923~1998)は、大川郡志度町(現・さぬき市志度)に生まれ、1943年に京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大学)図案科に入学。京都工業専門学校建築科を卒業後は香川県土木部営繕課技師として香川の戦後復興のために働き始める。また、金子正則知事(1907~1996)の指揮の下、丹下健三(1913~2005)の県庁舎計画にも携わり始める。

山本は、この経験を通して、地元香川で培われてきた木工事や石材加工の職人技の高さや素材の豊富さ、手仕事として実感できる伝統の厚みに目覚めていく。その成果は、香川県立武道館(1964)や栗林公園・讃岐民芸館(1970)などに結実する。また、県庁舎の石工事を担当した地元の岡田石材工業の岡田 賢(1924~2011)や彫刻家の流 政之(1923~)ら気心の知れた仲間たちと、自らの創造の原点となる喫茶・城の眼(1962)を完成させる。

そして、日本建築学会四国支部の民家研究グループの一員として携わった民家調査も、その視点を確かなものにしていった。調査の一部は、1970年に、彫刻家のイサム・ノグチ(1904~88)の邸宅、通称 “イサム家” となる丸亀の庶民的な武家屋敷を移築する設計の仕事としても実を結ぶ。続いて取り組んだのが瀬戸内海歴史民俗資料館(1973)であり、これによって県の建築技師としては初となる日本建築学会作品賞を受賞する。

このように山本は、建築課を率いて地元香川に根づく建築の姿を模索しながらも、大江宏、芦原義信、大髙正人、浅田孝ら著名な建築家に仕事を依頼して、香川県の公共建築の水準の向上にも努めた。また、浦辺鎮太郎や松村正恒、神代雄一郎らとの親交を深め、共同で瀬戸内海建築憲章(1979)を発表する。山本は、2010年に始まる瀬戸内国際芸術祭に結実する思想的な広がりをこの時点で提示していたのである。

香川県建築士会:建築ツアー資料(要約)

企画展:戦後香川の “新たな産業工芸” 創出
    ジェトロ収集海外優秀商品と古民芸に学ぶ
日 時:2022年4月1日(金)〜6月26日(日)
    9:00〜17:00(入館は16:30まで)
観覧料:無料
会 場:瀬戸内海歴史民俗資料館 第1展示室 中2階
    香川県高松市亀水町1412-2
    087-881-4707

高度経済成長期に向かいつつあった昭和30年代前半、日本の輸出業界は海外からの厳しい模倣批判や低品質評価にさらされていました。そこで輸出振興のためには意匠改善が不可欠とされ、ジェトロ(日本貿易振興会・当時)では、欧米など海外からデザイン性に優れた商品を輸入し、国内で巡回展示して地方の手工芸品・産業工芸品などの意匠・製作技術・機能・材質・価格等の参考とする事業を展開しました。

本展展示の海外優秀商品は、昭和45年(1970)頃、その一部約2,000点を香川県が借り受け、県技術開発センター(現県産業技術センター)デザイン資料室で展示・保管していたものです。

また、昭和40年~44年にかけては、栗林公園内に讃岐民芸館や新民芸館が整備されました。これもまた、風土に育まれた古民芸品に学んで、新たなデザインや工夫を加え、新民芸品(新たな手工芸品や産業工芸品)を創出しようとしたものでした。

本展では、戦後香川のデザイン運動の両輪ともいうべき、栗林公園民芸館や香川県技術開発センターデザイン研究所(当時)の活動などから、デザインで生活を豊かにしようとした当時の試みを紹介します。

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