少々雑然とした印象のJR丸亀駅前の掃き溜めに鶴と言ったら周辺住民から怒られますが、建築家・谷口吉生さんの設計で1991年に開館した丸亀市猪熊弦一郎現代美術館は、内外ともに魅力満載です。美術館正面の大壁画用にと提案した画家・猪熊弦一郎さん(1902〜1993)の原画には、全面に色々な絵が描かれていたそうです。それを谷口さんが遊びの余白が欲しいとホワイト・インクで一部を消して採用。館長室には、猪熊さん直筆の「美術館は心の病院」という額が飾られているそうです。近年、カフェ MIMOCA から見上げる空に「異物」が侵入したのが至極残念(涙)。

猪熊さんから寄贈された約2万点を紹介する常設展は勿論、現代アートを中心とした企画展も見応えがあります。現代美術家・エルネスト・ネトの作品展は、特に印象に残っています。

NEWS! ご案内をいただきました 🤣
企画展:猪熊弦一郎 展
夢をならべている
会 期:2025年12月13日(土)〜2月15日(日)
10:00〜18:00
観覧料:1,500円(一般)
会 場:丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
香川県丸亀市浜町80-1
0877-24-7755
香川県で生まれた猪熊弦一郎(1902〜1993)は、東京美術学校に学んだ後も引き続き東京で制作を続け、第二次世界大戦が始まる前年の1938年から40年までパリで学んで帰国します。さらに50歳を過ぎて1955年からニューヨークで約20年間を過ごした後は、東京とハワイの両方にアトリエを構え90歳まで制作に励みました。時代や環境の変化をも吸収して描いた作品は、写実的な具象からデフォルメの効いた具象へ、ニューヨークでは抽象へと変化しましたが、時々の自分を画面に力いっぱいぶつける点においては生涯を通して揺らぐことがありませんでした。
その猪熊が晩年に制作したのは、具象も抽象もない、形はすべて面白く美しいバランスでできていると考え、それらを自分の秩序で絵の中に住まわせた作品です。丸や四角といった形も、何とも形容できない形も、顔や鳥といった生き物の姿も区別なく、さまざまな形が共存する絵画を描きました。見ることを大切にし、ものの形を正確に描くことができた猪熊ですが、長い画業の間に蓄積されたたくさんの形は常識に捉われることなく素直に自由に描かれ、作品は不思議に満ちています。
本展では、猪熊が80歳を超えて制作した作品をご紹介します。70年以上にわたって描きに描き続けた猪熊の、何ものにもとらわれない絵画をどうぞご覧ください。

こちらは、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館から徒歩で約20分(JR丸亀駅から琴電バスで香川労災病院前下車、徒歩4分)にある日本料理店・永楽亭。2002年、建築家・藤田 摂さんの設計で誕生。ご亭主は、野原 太さん。

懐石料理には、焼き物、揚げ物、煮物、蒸し物、炒め物などありますが、自分が「幸せ感」を感じられるのは椀盛の真薯(しんじょ)。温泉に首まで浸かった時の至福感に相通じるものがあります(笑)。ここは、鰻料理も名物ですが、画像がありません 😅

こちらは、瀬戸内国際芸術祭の会場にもなっている離島・本島の泊港にある本島パークセンター。館内には、ベンチやスツールが多数あり、本島スタンドというカフェ・レストランも併設。船の時間待ちに使い勝手が良いと思います。丸亀港の本島汽船を利用して旅客船で20分、旅客フェリーで35分。岡山県側からだと児島観光港からむくじ海運の旅客船で上陸できます。

こちらは、木烏神社周辺にある村尾かずこさんの漆喰・鏝絵による作品・「かんばんプロジェクト」と眞壁陸二さんの壁絵による「咸臨の家」。
この作品は、1850年に日本で初めてアメリカへ航海した帆船・咸臨丸の乗務員・横井松太郎の生家を舞台としている。「咸臨」とは、中国の易経から採られた言葉で、「君臣が互いに親しみ合う」ことの意味。身分差のあった時代において「(船の上では)位の上下なく誰もが平等で目的地に向かって力を合わせる」といったメッセージが込められており、希望と不安、生きて帰れるかどうかも分からない航海。目にするもの全てが驚きの連続であったことだろう。
眞壁陸二
現代社会において身分の差という差別はもはや無くなったが、人種、文化、宗教などの違いを認め合えず未だテロや戦争が続いている。「咸臨」という言葉を今様に「異なる価値観を認め合える多様性のある社会」というように解釈し世界は広く多様性に富み、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、ペルシアも海で繋がっている。様々な価値観と習慣があり、信じる神も様々だが違いを認め理解し合いたい。
また「咸臨の家」は、江戸絵画の杉戸絵や室内を埋め尽くすモスクのタイル画や教会のモザイク画、ステンドグラスなどが発想の原点であり、時代も国境も超えて様々な絵画の文化を咸臨的に捉えている。「生と死、無と無限、混沌と秩序」。多くの宗教家や哲学者、または芸術家が草木や海や山や星を見つめ答えの出ない神秘に挑んだように、この作品も瞑想し世界と人生を考え祈るようになる場所であって欲しいと願っている。
