暮しの手帖 と BRUTUS

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NHK の朝ドラ・とと姉ちゃんの主人公が、暮しの手帖の創業者・大橋鎭子さんと知り、30年ほど前に母から生前贈与(実妹を差し置いて・笑)されていた第一、第二世紀の 1〜100号を並べてみました。将来的には、地元の図書館に寄贈したいと考えています。

暮しの手帖の第一世紀

暮しの手帖は、昭和23年(1948)9月に「美しい暮しの手帖」として創刊。第22号から現在の雑誌名・暮しの手帖と改名。広告を載せない雑誌として知られていますが、唯一、第一世紀の第3号(昭和24年4月1日初刷)の裏表紙に資生堂の「ゾートス化粧品」の広告が掲載されているそうですね。手元にあるのは、昭和30年3月7日七版なので確認出来ていませんが・・・

因みに、「暮しの手帖」とわたし(著:大橋鎭子)は、戦後の食料、物資不足の中、女性のおしゃれ心に灯を点したいと、花森安治さんと一緒に創刊したスタイルブックで、暮しの手帖に繋がるエピソードなどが当時の世相と共に描かれていて勉強にもなりました。創刊号に川端康成、第5号に東久邇成子が寄稿するに到る話も感動的。改めて第一世紀と第二世紀を読み返すナビゲーターとしても有用な良本です。

暮しの手帖の第二世紀

企画展:花森安治の仕事(終了)
    デザインする手、編集長の眼
会 期:2017年4月18日(火)〜5月21日(日)
    10:00〜18:00(入場は17:30まで)
観覧料:700円(一般)
会 場:碧南市藤井達吉現代美術館
    愛知県碧南市音羽町1-1
    0566-48-6602

花森安治(1911〜1978)は、終戦まもない1946年3月に、大橋鎭子を社長とする衣裳研究所を銀座に設立、新進の服飾評論家としてデビューしました。〈直線裁ち〉という誰もが簡単に作れる洋服を提案した『スタイル・ブック』は評判を呼びますが、かねてより計画していた生活家庭雑誌『美しい暮しの手帖』(のちの『暮しの手帖』)を1948年9月に創刊し、その後、社名も暮しの手帖社へと変更します。

〈衣・食・住〉を基本にすえつつ、もののない時代には〈工夫とアイデア〉による豊かな暮しを提案、電化製品が普及した高度成長期には〈日用品の商品テスト〉を実施、そして食品添加物や公害問題が叫ばれた70年代には〈社会の矛盾を鋭くえぐる批評〉を誌面で展開し、ペンで権力に挑みました。30年間にわたり一切広告を入れず発行100万部に迫るまでに成長させた『暮しの手帖』を舞台に、表紙画からカット、レイアウト、新聞広告、中吊り広告まで、取材や執筆はもとより、制作から宣伝まで、すべてを手がけたのが編集長・花森安治だったのです。

本展では、花森の作品そのものともいえる『暮しの手帖』が庶民に向けて発したメッセージに、改めて耳を傾けます。戦時中の大政翼賛会での仕事にも着目しつつ、花森が全身全霊をかけて打ち込んだ出版活動を、ひとつの雑誌を超えた「運動」として捉え、多彩な仕事のなかからその思想を探ってゆきます。

BRUTUS No.1~100

こちらは、BRUTUS の創刊号から100号まで。編集長・西田善太さんとは、安藤忠雄さんの特集記事の取材で直島に来られた時にお会いする機会があり、僕が柳宗理さんの生原稿を持っていることをお話ししたことから何度かメールのやりとりをしたことがあります(笑)。

その後、写真家の藤塚光政さんから西田さんが、BRUTUS のバックナンバーを水害で失ったことをお聞きして、創刊号から200号までのバックナンバー(韓国旅行の際に持参し、彼の地の友人に贈呈したため138号だけが欠本)を贈与したところ、返礼ということで、彼が編集長在任中は、ブルータスを贈呈していただけ事になりました(2010年3月22日、追記) 😅

創刊30周年記念号と817号

創刊当時のアートディレクター・堀内誠一さんの「ガハハハハハハハハ ワシがやっとんじゃー 面白いに決っちょらい !! 」で始まる30周年記念号を読み進める内に、すっかり忘れていた熱き血潮が甦ってしまいました(笑)。特に、木滑良久さんと石川次郎さんの対談が痛快そのもの、小さな文字もなんのその。そして、「漫画ブルータス」は、滝沢直樹さん倉本美津留さんの「密談」も密度が半端じゃない。永久保存版! 😍💯

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