瀬戸内国際芸術祭

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アイキャッチ画像は、第1回 瀬戸内国際芸術祭が開催されていた2010年10月17日に開館した豊島美術館(建築設計:西沢立衛、アートワーク:内藤 礼)。生命の源としての水滴や貝殻をイメージしたシェル構造(鉄筋コンクリート製)ですが、屋根の大きな開口部から落ち葉や埃などが吹き込んで来るらしく、掃除が大変だと関係者から聞きしました 😅

作品の魅力を妨害することなしに、かつ光を提示する空間ということを考えた結果、無限遠のような大空間を作ろうと私たちは考えた。厚み200mmのコンクリートによる大きなシェル状の構造体によって、非常に大きなワンルーム空間を作り出す。それは通常の部屋のような角を1つも持たないため、また空間サイズが大きいため、空間に入った瞬間は、空間の姿形がよく見えない。まるで宇宙のような、どこまでも続くような無限の環境が広がる。

私たちは建築空間それ自体を、作品のための背景と考えているが、しかし同時に、単に背景であることを越えて、ある1つの特別な環境・情景となっていくことを期待した。そのことによって、空間の中に作品以外には光しか存在しないような状態を、作り出そうと考えている(西沢立衛)。

豊島美術館

NEWS! ご案内をいただきました 🤣

企画展:第5回 瀬戸内国際芸術祭 2022
会 期:春会期(終了)
    夏会期(終了)
    2022年9月29日(木)〜11月6日(日)
会 場:直島、豊島、女木島、男木島
    小豆島、大島、犬島
    本島(秋会期)、高⾒島(秋会期)
    粟島(秋会期)、伊吹島(秋会期)
    高松港周辺、宇野港周辺
主 催:瀬⼾内国際芸術祭実⾏委員会
    香川県高松市サンポート 1-1
    087-813-0853

「島のおじいさんおばあさんの笑顔を見たい」。そのためには、人が訪れる “観光” が島の人々の “感幸” でなければならず、この芸術祭が島の将来の展望につながって欲しい。このことが、当初から掲げてきた目的=『海の復権』です。

有史以来、日本列島のコブクロであった瀬戸内海。この海を舞台に灘波津からの近畿中央文化ができたこと、源平、室町、戦国時代へとつながる資源の争奪の場であったこと、北前船の母港として列島全体を活性化したこと、朝鮮通信使による大切な大陸文化の継続した蓄積の通路であったことは、その豊かさを物語るものでした。しかしこの静かで豊かな交流の海は近代以降、政治的には隔離され、分断され、工業開発や海砂利採取等による海のやせ細りなど地球環境上の衰退をも余儀なくされました。そして世界のグローバル化・効率化・均質化の流れが島の固有性を少しずつなくしていく中で、島々の人口は減少し、高齢化が進み、地域の活力を低下させてきたのです。

私たちは、美しい自然と人間が交錯し交響してきた瀬戸内の島々に活力を取り戻し、瀬戸内海が地球上のすべての地域の『希望の海』となることを目指し、瀬戸内国際芸術祭を開催しています。5回目の芸術祭となる瀬戸内国際芸術祭2022 においても、これまで同様、海に囲まれどこからでもアプローチでき、農・工・商が混在した原初の人びとの存在を教えてくれる瀬戸内の島巡りを通し、この先地球上に人が生きること、展望を持つことを考えながら作品を展開していきます。

海の駅なおしま(2006)

瀬戸内国際芸術祭は、2007年7月6日に開催された「直島を中心とした環瀬戸内海活性化の取り組みについて」(主催:日本政策投資銀行・四国支店、会場:ホテルクレメント高松)というテーマの講演会で北川フラムさん(当時は地中美術館の館長代理)が明らかにしてくれた構想。

越後妻有 大地の芸術祭は、中山間地域で農業に携わるお年寄りと、都会の芸術家の出会いがテーマですが、瀬戸内海には、それに加えて歴史や文化遺産がある。島ごとにテーマを決めて、島民とともに作り上げる芸術祭にしたいと北川フラムさんが語っていました。

まずは、香川の直島、豊島、小豆島、女木島、大島から始め、岡山の犬島も加え、将来的には広島、愛媛の島々に舞台を広げる。大原美術館イサム・ノグチ庭園美術館丸亀市猪熊弦一郎美術館など近隣の美術館、博物館、大学と連携しながら2010年の開催を目指す。「壊れてしまった日本を再生するには、アートを日常化させ真の会話が成立する場を作り、受け手を主体化させる装置を作らなければならない」という瀬戸内アートネットワーク、直島独立国構想に静かな興奮を覚えました。

2008年6月13日、「瀬戸内国際芸術祭に向けて 〜瀬戸内宝物探し〜」が高松港に近接するカフェ・umie でありました。参加者は、アート会場に予定されている直島、豊島、小豆島、男木島、女木島の地域代表、広告代理店のマネージャー、作家、建築家、ウェブ・デザイナー、公務員など多士済々の約80名。 越後妻有 大地の芸術祭 2006 のスライド上映後、総合ディレクターに就任された北川フラムさんから瀬戸内国際芸術祭の現状説明、KJ 法によるブレーン・ストーミング&データの発表が行われました。

岡山こえび隊の打ち上げ(2010)

こちらは、第1回 瀬戸内国際芸術祭のボランティア・サポーターとして活動した岡山こえび隊の打ち上げ会の様子。因みに、弊社ホームページにもベネッセアートサイト直島と瀬戸内国際芸術祭にまつわる思い出話的なテキストを少々(笑)。

宇野港フェリーターミナル・離島航路棟(2013年8月4日)

こちらの動画は、第2回 瀬戸内国際芸術祭の宇野港会場で、島に渡るゲストを温かくお迎えし、にぎやかに送り出していた三田村管打団?瀬戸内海女の出船入船パフォーマンス。

ベネッセハウス

ところで、ベネッセハウスが建てられた1992年に直島を訪問する人数は、年間36,000人程度。家プロジェクトが整備された1998年〜2002年頃でも40,000人ほどでしたが、地中美術館が開館した2004年からは、直島の認知度も世界的に高まり賑わうようになりました。

直島町観光協会によると、瀬戸内国際芸術祭のメイン会場・直島への訪問者は、第1回(2010)が、637,376人。第2回(2013)が、705,072人。第3回(2016)が、727,057人。第4回(2019)が、751,309人と回を重ねるごとに増加しています。こうした訪問者の増加は、観光地としては喜ばしい事態なのですが、約3,000名が暮らしている直島にとっては流入過多でしょう。

同時に、直島へ向かう訪問者の増加は、宇野港や高松港に滞留を生じさせました。各船会社は、その解消のために臨時便を出しましたが、それによって直島では道路が渋滞し、アート作品の会場への入場や、食事処に行列が出来るなどの混乱が起きました。ひいては、直島の住民が宇野港や高松港への船便に乗れなかったり、島内を循環しているバスに乗車出来なかったり、訪問者が持ち込むゴミの島内での大量放棄など、直島町や瀬戸内国際芸術祭実行委員会へは不満や苦情が島民から数多く寄せられたそうです。他の離島も似たような状況だったでしょう。

近年、地中美術館や豊島美術館が完全予約制に移行したのも、こうした事も要因だったのでしょう。ベネッセアートサイト直島のミッションは、観光地を作る事ではなく、地域振興に軸足を置いていると何度も拝聴しました。瀬戸内海版サステナブル・ツーリズムの確立をテーマにして、瀬戸内国際芸術祭の会場である島々を快適に巡ることが出来るツアー制度の拡充も目指すようです。

同様な動きは、宇野港でもあります。宇野港土地(株)が、2013年に瀬戸内温泉たまの湯をオープンさせ、2018年に1日1組限定のグランピングをくじら島に開設し、カタマランヨットによるチャーター事業を立ち上げ、2021年7月1日には、UNO HOTEL が開業。地元の魅力を発掘し、完璧なサポートで旅の高揚感を与えて観光客を継続的に獲得する戦略だと思います。

因みに、更なるハイエンドの旅をご所望の方々には、自分も常宿にしているベラビスタ スパ&マリーナ 尾道を拠点に、美食と瀬戸内海の多島美を堪能させてくれるクルーズ客船・ガンツウ(直島や豊島、犬島、小豆島などを周遊するツアーを催行)という選択肢もありますよ 🤣

ベラビスタ スパ&マリーナ 尾道からガンツウを臨む(2017)

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