ベネッセアートサイト直島

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1989年頃、こどもちゃれんじの研修施設とキャンプ場から出発したプロジェクトだったと記憶しています。その後、ミュージアムオーバル(画像)、家プロジェクトなどの施設が次々とオープンするにつれ、活動の軸足がこどもの教育から徐々に建築&現代アートへと移行し、2004年に総称も「直島文化村」から「ベネッセアートサイト直島」に変更されました。オープン当初より今日まで、この活動体から多大な恩恵を公私ともに授かっている自分です。

地中プログラム(地中トーク)は、日本人の文化基盤をテーマにゲストが語る人気シリーズ。以下は、平成18年度(テーマ:日本人の文化基盤 ― 私たちを支えているものとは何か?)を聴講した覚え書きです。会場は、本村ラウンジ&アーカイブ(香川県香川郡直島町850-2)。定員は、50名(各回)。参加費は、1,000円(各回)でした。

第1回
講師:岡尾美代子(スタイリスト)
日時:2006年6月17日(土) 14:00〜15:30

「旅を通して自己のクオリティーを向上させていくライフスタイルについて一緒に考えてみよう」というテーマが企画され、岡尾さんにも白羽の矢を立てられたようなのですが、こちらは彼女のことについてはまったく知らずに参加。

スタイリストのライフスタイルというものに、ほのかな興味を抱いていましたが、何故か「クオリティー」の無いレクチャーに・・・僕とパートナーにとっては、意味の見いだせない旅の写真と、意味をくみ取れない言葉、まるで落ちの無い落語に付き合わされたような1時間でしたが、レクチャー終了後には、なんとなく可愛い女性たちが長い列を作って岡尾さんにサインを求めていた。多分、当方の感受性に欠陥があったんだな。

第2回
講師:西田正憲(奈良県立大学教授)
日時:2006年7月1日(土) 14:00〜15:30

「瀬戸内海の変遷してきた風景論」を拝聴してきました。明治までの日本人は、国文学や漢文学などで紹介されている処こそが名所であって、絵描きたちもそれこそが描くべき対象(風景)であるという捉え方をしていたそうです。

しかし、明治になって長崎の出島にやってきた学者(シーボルトなど)や、絵描き(アルフレッド・パーソンズなど)たちの自然に向ける眼差し(ロマン主義的)に影響を受け、風景を江戸時代以来の名所(意味の風景)という視点ではなく、自然を科学的な目で、ありのままに見つめ、描くことの意味に気づかされていく。

そうした変化を、瀬戸内海を写生旅行した満谷国四郎や、明治後期を代表する水彩風景画家・大下藤次郎らの作品と広重の版画(諸国六十余州旅景色)を比較しながら解説。とても有意義な1時間30分でした。

第3回
講師:中村良夫(東京工業大学名誉教授)
日時:2006年9月30日(土) 14:00〜15:30

「風景街道の形成」を提唱、実践されている中村さんは、まず、現代日本の都市景観が精神的な不毛によってもたらされていることを指摘し、古の日本人が如何に日本の風土を愛し、自然(生命力)と共に暮らしていたかを、江戸や京都などの町並み、暮らしの様子などを紹介しながら解説。

次ぎに、日本人が里山に親しみを抱く「DNA」を、山岳信仰の霊場、日本庭園や近江八幡、飛騨古川など、長年愛され続けている魅力を「余韻」というキーワードを使って説明。また、日本人の暮らしの精神的な基盤を、鍬形紹真の「江戸一目図屏風」に探し、世の中のモノには、美醜を越える感覚があることを、柳宗悦の「無有好醜の願」や「大井戸茶碗」、小林秀雄の「土の味」、「茶道」などを通して論証。

最後に、ご自身がランドスケープ・デザインされた「古河総合公園」のスライドを紹介しながら、日本神話における沼や湿地の意味と、神武以来、拡大させてきた耕作の歴史、日本人が社会的な空間の中で風景を共通体験することが好きな民族であることなどの持論を展開された。

その街で暮らしている自分たちが生きて行くための生活の基盤を作ることが都市計画では基本となる。「観光」のための街作りは、あまりにも底が浅いということ。自分たちの暮らしが文化的に向上することが第一であることなどを再確認させていただきました。

第4回
講師:石川直樹(冒険家/写真家)
日時:2006年10月28日(土) 14:00〜15:30

写真集・「THE VOID」の深い森を映像が紹介される中、石川さんから、オーストリアの先住民族・アポリジニが自然から感じ取ったことを即興で歌にしながら歩くことや、ニュージーランドの先住民族・マオリ族が森に入る時に白い葉っぱを目印として落としながら歩くエピソードが紹介され、現代人には、こうした「Walk out(自然に戻るための歩き)」が必要ではないかと話し始められた。

続けて、どんなに地球上を歩き回り、異文化に接し、見たことも聞いたことも無いことにビックリしても、それで世界を知ったことにはならない。それは知っている情報の上をなぞっているに過ぎない。時に、垂直方向にダイブしてみないと世界のなりたちは掴めないと続け、ヒントとして・・海図も、コンパスも使わず、イメージの力だけで海を渡る航海術(スター・ナビゲーション)のことなど、いくつかの事例を紹介。イメージによって世界そのものと出会うことは可能だし、そうしたイメージを飛び立たせることが、アートの根源的な役目ではないかと問う。

最後に、自分の今の一番大きなテーマが、アーキペラゴ(群島)のフィールドワークであり、島がそれぞれ独立しながらも、群島として統一されていることに着目しながら、そこに隠されているネットワーク(人類が渡海した謎など)を探りたいと話を締めくくられた。彼の著書・「いま生きているという冒険」に、ある女性から渡された手編みのニット帽に小さく縫いつけられていた次の言葉が紹介されています。

「May your passion lead you to unknown heights ! 」

石川さんは、きっとこのナビゲーションに導かれ、今も淡々と歩み続けられているのだろうな。大切なものと繋がり、自分と世界との関係を探ってゆくために。終始、穏やかな語り口が印象的、とても素晴らしいレクチャーでした。

第4回の石川直樹さん

第5回
講師:千宗屋(武者小路千家家元後嗣)
日時:2006年11月4日(土) 14:00〜15:30

別世界を作って遊ぶのがお茶の世界だし、心の交流を図ってゆくことがお茶の目的である。また、茶道とは、人の生きる道であり、茶室とは「裸の人間」同士がお茶と向かい合う場であると定義、そうした茶の湯を通して日本人の文化基盤=私たちを支えているものとは何かを、今日は語ってみたいと始められた。

そして、武者小路千家の設えをスライドで紹介しながら、門やにじり口などが「結界」であり、人はそこを通過しながら、魂を徐々にピュリファイして行くこと、「伝統文化」と思われている茶の湯も、革新の集積であることなどを「油断(新しい油を注ぎ続けることを断つという意)」という言葉の由来を紹介しながら解説して下さった。

特に、今回のテーマである「日本人の文化基盤」については、中国、朝鮮、インドなどからの影響が混雑化したハイブリッド文化であるとした。「お茶」というセレモニーも元々は中国から伝わった習慣で、当初は、ただ高価な美術品に囲まれることによって、非日常を演出、モノがあって「お茶」があったことを紹介。それを、利休は、「お茶」をするためのモノを作り、モノを否定するところからモノを生み出すことを行ったことの意義を明示された。

また、茶人は、現代のアーティスト同様、俗人としての身分制度(現代では肩書きか?)から外れ、あらゆる世俗の場所に出入りできる存在であること、「一重切竹花入」が、マルセル・デュシャンの「レディメイド」に先立つこと400年前のインスタレーションであるとするなど、機知に富んだレクチャーが続いた。

最後に、あらゆるモノが混雑したカオスの時代に、村田珠光が提案した「心の文」その1を紹介して話を閉じられましたが、宗屋(そうおく)さんの足元が少し行儀悪かったかな? (^^ゞ

第6回
講師:石上純也(建築家)
日時:2006年12月16日(土) 14:00〜15:30

「透明とは、どういうことか? (と、問われて)ガラスや水のようなものを思い浮かべるとのだろうけれど、僕は、本当に透明なものって、黒くなることだと思う」

この人、何を語ろうとしてる?

ループする空間
光の対流
呼吸するテーブル
「レストランのためのテーブル」
「キリンアートプロジェクト2005」
「長屋のちいさな庭」
「トヨタ・レクサスのための会場構成」
コンセプトとリアリティ
スケール感の一致
システムや原理が見えないということ

石上さんは、科学・物理学者のように物体を組み立てながら、アーティスティックに表現する。彼の話を聞いていると、空間構成の可能性は無限のように感じられるが、そこに立ち入った自分の「意識」は保持困難だろうなどと・・・旧人類であることを、改めて確認させられる日となりました。

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