鞆の浦にて

  • ブックマーク

万葉集にも詠まれている景勝地・鞆の浦は、柳井(山口)、竹原(広島)、下津井(岡山)など、昔ながらの風情を残す観光地として、「瀬戸内海ネットワーク」のハブとしても重要な港町。アイキャッチ画像は、鞆の浦と仙酔島を結ぶ航路に就航している平成いろは丸。

因みに、村上水軍毛利水軍は、海賊(後の水軍)として有名だけど、江戸時代までその末裔とみられる海賊が岡山市の犬島沖にも出没していたという。明治期になるまでの船は、櫓を漕ぎ、風や潮の流れを利用する帆船が主流だったので狙いやすかった。

そんな海賊たちも風待ち、潮待ちを余儀なくされることもある。そんな時は、当時も女と酒と博打に決まっていた! 今生でも、とびきりの美女を船に誘い、美味い酒や料理を用意して海に漕ぎ出す時の高揚感は、間違いなく「賊」の DNA を実感する瞬間でしょう(笑)。

こちらは、港で出会った船大工の碇 侑(いかり すすむ)さんの案内で見せて貰った碇造船所。日本一長いという櫓のコレクションが自慢のようでした。

こちらの右上画像は、食事処・「おてび」。屋根の上にあるのが店名の由来となった大手火

常々、養殖場で働いている人たちから「養殖魚を食べたらダメだよ。長生きしたかったら小魚を食べなさい」と聞かされてきた。マグロやカジキなど食物連鎖の上位を占める魚類の水銀汚染、鯛やヒラメ、フグなど養殖魚の抗生物質・抗菌剤残留、養殖場の薬害(ホルマリンなど)は疑いようもない。地元の漁港で、漁から帰ってきた知り合いの漁船に近寄って微笑みかければ、「好きなだけ持って帰れ!」と分けていただく小魚たち。市場で値が付かないって信じられません。

右下は、2015年に放送された「流星ワゴン」のロケ地(丸忠総業)から臨んだ「朝宗亭」と「常夜灯」。「朝宗亭」は、「太田家住宅」の別邸。「常夜灯」は、北前船用の灯台として1859年に建造。ニシン油を光源にしていたそうです。左下は、常夜灯広場にある「いろは丸展示館」。2006年に行われたいろは丸の沈没調査で引き上げられた物品や関連資料が展示されています。

1867年4月19日、土佐藩参政・後藤象二郎から海援隊の隊長に任じられた坂本竜馬は、伊予国大洲藩(現・愛媛県大洲市)からチャーターした蒸気帆船・いろは丸(船価:4万2千5百両、一航海:15日間で500両)に鉄砲などの物資を積み長崎を出港。大坂を目指すも、4月23日の午後11時頃、瀬戸内海の六島沖で紀州藩の蒸気船・明光丸に衝突され大破、積荷もろとも鞆の浦沖に沈没してしまいます。

海援隊としての初商いをフイにされ、船も失った坂本竜馬は激怒、明光丸の操船に非があると「万国公法」を論拠に補償を要求。紀州藩が用意した鞆の浦の魚屋萬蔵宅や対潮楼での交渉が決裂するなど紆余曲折ありますが、龍馬は最終的に長崎で賠償金7万両を手中にしました。

左上は、「いろは丸展示館」の蔵を所有、運営している保命酒の造り酒屋・中村家住宅(現・太田家住宅)の中庭。竹で四角く囲われた区画には、金蔵があったと推測されています。

保命酒蔵

企画展:鞆の浦 de アート 2021(修了)
会 期:2021年9月26日(日)〜10月17日(日)
企 画:ヨシダコウブン
入場料:無料
会 場:福山市鞆の浦・一円
    広島県福山市鞆の浦
    084-921-2349(福山商工会議所)

歴史的建造物の残る鞆の浦(とものうら)町全体を舞台に現代アートの展覧会・鞆の浦 de ART を開催します。かつて潮待ちの港として栄えた歴史ある鞆の浦の町並みを散策しながら様々なジャンルのアーティストによるアート作品、イベントをお楽しみください。

この記事を書いた人