鞆の浦にて

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瀬戸内海沿岸のほぼ中央に位置し潮待ちの港として栄えた景勝地・鞆の浦(広島)は、昔ながらの風情を残す人気の観光地。「瀬戸内海ネットワーク」のハブとしても柳井(山口)、竹原(広島)、下津井(岡山)などと並ぶ重要な港町。アイキャッチ画像は、鞆の浦と仙酔島を結ぶ航路に就航している平成いろは丸。

因みに、村上水軍毛利水軍は、海賊(後の水軍)として有名だけど、江戸時代までその末裔とみられる海賊が岡山市の犬島沖にも出没していたそうです。明治期になるまでの船は、櫓を漕ぎ、風や潮の流れを利用する帆船が主流だったので狙いやすかった。そんな海賊たちも風待ち、潮待ちを余儀なくされることもある。そんな時は、当時も女と酒と博打に決まっていた! 今生でも、とびきりの美女を船に誘い、美味い酒や料理を用意して海に漕ぎ出す時の高揚感は、間違いなく「賊」の DNA を実感する瞬間でしょう(笑)。

碇造船所

鞆の浦を初めて訪ねたのは、2007年頃だったと記憶しています。常夜灯広場で写真を撮っていたら船大工の碇 侑さんに声を掛けられ碇造船所を案内して貰いました。日本一長い櫓のコレクションが自慢のようでした。因みに、瀬戸内の瀬戸は、狭門(せと)の意味で、両側の陸地が接近して海が狭くなっている所。尾道周辺の海は、瀬戸内海の丁度中心部なので潮の干満の差が大きく、大潮の時期は、3〜4mに達し、小舟にとっては恐ろしい激流が生じます。

NEWS! ご案内をいただきました 🤣

企画展:きょうの雑貨(終了)
会 期:2021年11月13日(土)〜2022年6月26日(日)
    10:00〜17:00
入場料:無料
会 場:鞆の津ミュージアム
    広島県福山市鞆町鞆 271-1
    084-970-5380

本展は、福祉の現場から生まれた様々な雑貨を集めてお伝えするものです。全国各地にある障害者支援施設や家庭では、日々、仕事や日課として創作活動が行われていますが、そこでつくられるのは絵や立体物といった「作品」だけではありません。それらを意匠的素材に用いた手づくりによる服飾品・食器・文房具、お菓子やおもちゃなど、日常的に使い味わうことのできる生活の品々も生み出されています。

近年は、DTP環境の普及とインターネットを介したオンライン製造・販売の一般化、郷土の伝統文化やデザイナーとの協働といった動きを通じて、多様な商品が自在に姿を現すようにもなりました。また、その工程には、作者の興味や特性をよく知る共同製作者としての支援員によるアイデアや手作業が欠かせません。ものづくりをするケアの現場には、相手の力を利用して投げる合気道のように、作者 / 作品の強みや可能性をうまく生かしながら、遠くに届ける媒介者が必要だからです。

そのようにして、身につける・ものを入れる・食べる・綴る・飾る・遊ぶ・贈る…ことのできるかたちをまとった雑貨は、買う人と作者を(文字通り)密接に結びつける縁(よすが)となるでしょう。それらは、私たちの暮らしを豊かにしてくれるだけでなく、買い求めることが作者の喜びや経済的還元にもつながっていく。所有し、生活の中で使ってはじめて感じられる親しみもあるはずです。この意味で、心に響く雑貨をつくることは、買う人と作者の間に橋を渡し、その関係をより近しいものへと編み直す営みでもあるのかもしれません。

「幸せ」を意味する福祉 / welfare は、語源的に「いい旅」「争いなく共に在る」のように〈よき生〉といった意味合いをもつ言葉。作者それぞれにとっての享楽的な創作や遊びから生み出される雑貨は、つながりのなかった人と人を驚きでもってつなぎ、買う人の生にもたのしさと幸せをもたらすというわけです。そんなふうに、作品鑑賞とはまた異なる仕方で「福祉」を世にひらくメディアとしての雑貨の今日(こんにち)を、ぜひどうぞご覧ください。

こちらの右上画像は、食事処・「おてび」。屋根の上にあるのが店名の由来となった大手火

常々、養殖場で働いている人たちから「養殖魚を食べたらダメだよ。長生きしたかったら小魚を食べなさい」と聞かされてきた。マグロやカジキなど食物連鎖の上位を占める魚類の水銀汚染、鯛やヒラメ、フグなど養殖魚の抗生物質・抗菌剤残留、養殖場の薬害(ホルマリンなど)は疑いようもない。地元の漁港で、漁から帰ってきた知り合いの漁船に近寄って微笑みかければ、「好きなだけ持って帰れ!」と分けていただく小魚たち。市場で値が付かないって信じられません。

右下は、2015年に放送された「流星ワゴン」のロケ地(丸忠総業)から臨んだ「朝宗亭」と「常夜灯」。「朝宗亭」は、「太田家住宅」の別邸。「常夜灯」は、北前船用の灯台として1859年に建造。ニシン油を光源にしていたそうです。左下は、常夜灯広場にある「いろは丸展示館」。2006年に行われたいろは丸の沈没調査で引き上げられた物品や関連資料が展示されています。

1867年4月19日、土佐藩参政・後藤象二郎から海援隊の隊長に任じられた坂本竜馬は、伊予国大洲藩(現・愛媛県大洲市)からチャーターした蒸気帆船・いろは丸(船価:4万2千5百両、一航海:15日間で500両)に鉄砲などの物資を積み長崎を出港。大坂を目指すも、4月23日の午後11時頃、瀬戸内海の六島沖で紀州藩の蒸気船・明光丸に衝突され大破、積荷もろとも鞆の浦沖に沈没してしまいます。

海援隊としての初商いをフイにされ、船も失った坂本竜馬は激怒、明光丸の操船に非があると「万国公法」を論拠に補償を要求。紀州藩が用意した鞆の浦の魚屋萬蔵宅や対潮楼での交渉が決裂するなど紆余曲折ありますが、龍馬は最終的に長崎で賠償金7万両を手中にしました。

左上は、「いろは丸展示館」の蔵を所有、運営している保命酒の造り酒屋・中村家住宅(現・太田家住宅)の中庭。竹で四角く囲われた区画には、金蔵があったと推測されています。

保命酒蔵(2010)

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企画展:鞆の浦 de アート 2022
会 期:2022年9月25日(日)〜10月16日(日)
    9:00〜17:00
企 画:ヨシダコウブン
入場料:無料
会 場:福山市鞆の浦・一円
    広島県福山市鞆の浦
    084-921-2349(福山商工会議所)

歴史的建造物の残る鞆の浦町全体を舞台に現代アートの展覧会・鞆の浦 de ART を開催します。かつて潮待ちの港として栄えた歴史ある鞆の浦の町並みを散策しながら様々なジャンルのアーティストによるアート作品、イベントをお楽しみください。

鞆の浦 de ART(2012)

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