倉敷 その1

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倉敷の優れた町並み保存を提唱し倉敷絹織(現・クラレ)に「倉敷建築研究所」を立ち上げ、実業家・大原孫三郎(1880〜1943)と大原總一郎(1909〜1968)の親子が支援した建築家・浦辺鎮太郎(1909〜1991)は、後に建築学会賞などを受賞する倉敷国際ホテルを1963年12月1日にオープンさせます。

壁にかかる雨の水切りの役割を果たす「廂(ひさし)とも屋根ともつかない部分を外部廂と呼び壁梁が日本の風土に適応するように一種の生物的な進化を行なったもの」と浦辺さんが称した技術的な追求の結果生まれたコンクリート打放しの壁廂が折り重なる独特の外観が目を惹きます。

倉敷国際ホテル周辺(1963)

2020年某月、日本料理店・Bricole(ブリコール)に出向いた際に倉敷国際ホテルを久しぶりに宿泊利用。棟方志功(1903〜1975)の大板画・「大世界の柵・坤 人類より神々へ」と「大世界の柵 ・乾 神々より人類へ」が飾られた吹き抜けとロビーは唯一無二。館内も当時の造作や備品が引き継がれていて倉敷風レトロ感は健在。優れた民芸品や絵画が飾られたラウンジの心地よい空間、スタッフのホスピタリティも健在でした。

棟方志功の大板画@倉敷国際ホテル(2020)

但し、客室に於いては、穴の開いたシーツを無自覚に使い回していたし、備品の雑誌類は10年以上前のもの。そして、メイン・ダイニングのウイステリアは、本格的な食事を期待される方にはお勧めできないレベルのまま。2015年に宿泊利用した倉敷アイビー・スクェア(※)も同じ有り様だったので、同グループの問題点を改めて確信した次第(涙)。

※ 倉敷アイビースクエアの宿泊棟は、2020年10月にフル・リニューアルしました。

中庭@倉敷アイビースクエア(1972)

こちらは、倉敷美観地区の中心地にあった紡積工場をホテルに再生した倉敷アイビースクエア。1974年、浦辺鎮太郎の手によって設計&リニューアル、竣工されました。日本建築学会賞を受賞。

森田康雄さんの作品@倉敷国際ホテルのバー・レジーナ(2020)

大原さんたち先人が追い求めた「一流」のこのような綻びは、倉敷贔屓として残念至極。伝統(伝燈)とは新しい油を注ぎ続けてこそ継続させることが出来ると教わりました。過去のコーポーレート・アイデンティティに依存する事なく、倉敷の「迎賓館」の名に相応しい輝きを獲得していただきたいと願う滞在になりました。

こうした事は、今や継ぎ接ぎだらけとなった大原美術館の展示空間にも通底しているように思いました。そろそろ、同館の収蔵庫に眠っている作品と鑑賞者の双方を幸せにしてくれる新しい器を望みたい。

大原さんたち先人が追い求めた「一流」の綻びは、倉敷贔屓として残念至極。伝統(伝燈)とは新しい油を注ぎ続けてこそ継続させることが出来ると教わりました。過去のコーポーレート・アイデンティティに依存する事なく、倉敷の「迎賓館」の名に相応しい輝きを獲得していただきたいと願った滞在となりました。因みに、このコンビは1974年に倉敷紡績所の工場を複合文化施設・倉敷アイビースクエアとして再開発し、倉敷美観地区の骨格を作り上げました。大原さんが倉敷国際ホテル竣工の5年前に書き残した文章も印象的です。

「倉敷を訪れる人は年と共に多くなった。倉敷は天下の名所ではない。しかし、生きようとする意志、発展しようとする意思、特に美しく真実に生きようとする意志を持っている町である。倉敷を訪れる人は、多かれ少なかれ、こうした気持ちを理解して来られることと思う。そうである限り、そうした町の意思を備えた宿が必要であると思う」。倉敷に新しい装備のホテルがいかにつくられようとも、この意思が感じられる限り、倉敷の人は国際ホテルを別格の存在として使い続けることでしょう。

小野智之・倉敷歴史ミニ辞典より
倉敷アイビースクエア(2015)

NEWS! ご案内をいただきました 🤣

企画展:第6回 キモノ&あれこれマーケット
    アンティークから現代作家まで
会 期:2024年2月23日(金)〜2月25日(日)
    10:00〜16:00
入場料:無料
会 場:倉敷アイビースクエア アイビー学館
    岡山県倉敷市本町7-2
    086-483-1303(骨董 きはる)

アンティーク着物が好きな方、 茶道やお着物のお稽古をされてる方、 古布を使ったリメイクを楽しまれている方、 アップサイクル製品にご興味のある方、 お着物がお好きでご興味のある方、どうぞお気軽にご来場下さい。

旅館くらしき(2006)
リニューアル前の姿を留めているテラス席@旅館くらしき

こちらは、倉敷美観地区にある旅館くらしき。建築家・浦辺鎮太郎(1909〜1991)が天領の名残をとどめる母屋、砂糖蔵、米蔵など4つの蔵を民家再生の手法で宿として1957年に再生。2006年、あなぶきエンタープライズに経営権が委譲され、外観は古の面影を残していますが、客室(17室)は洋寝室を中心とした高級感のある5室にリニューアル。2017年に西の間、乾の間、ゆの間の3室が増設。2021年のミシュランガイド、ホテル・旅館部門で4つ星を獲得。看板の文字は、芹沢けい介(1895〜1984)の作。

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