倉敷国際ホテル

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旅館くらしき(※1)を民家再生の手法で蘇えらせるなど、倉敷の優れた町並み保存を提唱・実践した実業家・大原総一郎と建築家・浦辺鎮太郎は、昭和38年(1963)に建築学会賞などの栄誉を与えられた倉敷国際ホテルを作り上げます。

浦辺さんが、「廂(ひさし)とも屋根ともつかない部分を外部廂と呼び壁梁が日本の風土に適応するように一種の生物的な進化を行なったもの」と称したコンクリート打放しの壁廂が折り重なる独特のスタイルが目を惹く。これは、壁にかかる雨の水切りの役割を果たすもので、技術的な追求の結果生まれたそうだ。

因みに、このコンビは、昭和49年(1974)に倉敷紡績所の工場を複合文化施設・倉敷アイビースクエアとして再開発し、ここに倉敷美観地区の最初の骨格を作り上げました。大原さんが倉敷国際ホテル竣工の5年前に書き残した文章も印象的なので引用します。

「倉敷を訪れる人は年と共に多くなった。倉敷は天下の名所ではない。しかし、生きようとする意志、発展しようとする意思、特に美しく真実に生きようとする意志を持っている町である。倉敷を訪れる人は、多かれ少なかれ、こうした気持ちを理解して来られることと思う。

そうである限り、そうした町の意思を備えた宿が必要であると思う」。倉敷に新しい装備のホテルがいかにつくられようとも、この意思が感じられる限り、倉敷の人は国際ホテルを別格の存在として使い続けることでしょう(小野智之・倉敷歴史ミニ辞典より)。

棟方志功の大板画・「大世界の柵・坤 人類より神々へ」と「大世界の柵 ・乾 神々より人類へ」

2020年某月、久々に宿泊してきました。棟方志功の大板画・「大世界の柵・坤 人類より神々へ」と「大世界の柵 ・乾 神々より人類へ」が飾られた吹き抜けとロビーは唯一無二だし、建設当時の造作や備品には懐かしい愛着を覚えるし、優れた民芸品や絵画が飾られたラウンジの心地よい空間、スタッフのホスピタリティも健在でした。

バー・レジーナ
森田康雄さんの作品

但し、客室では、穴の開いたシーツを無自覚に使い回していたし、備品の雑誌4冊は10年前のもの。メイン・ダイニングのウイステリアの料理は、本格的な食事を期待される方にはお勧めできないレベルのまま。大原さんたちが求めた「一流」の綻びは、倉敷贔屓の一人として残念至極。

因みに数年前に何度か宿泊利用した倉敷アイビー・スクェアも同様だった(※2)ので、問題点を改めて確信。伝統(伝燈)とは新しい油を注ぎ続けてこそ継続させることが出来ると教わりました。過去のコーポーレート・アイデンティティに依存する事なく、倉敷の「迎賓館」の名に相応しい輝きを獲得していただきたいと願った滞在となりました。

こうした事は、今や継ぎ接ぎだらけとなった大原美術館の展示空間にも通底しているように思います。そろそろ、所蔵作品と鑑賞者の双方を幸せにしてくれる施設として抜本的に生まれ変わるための新しい器を望みたい! 辛口評、ご容赦下さい 🤣

リニューアル前の姿を留めているテラス席@旅館くらしき

※1 旅館くらしきは、天領の名残をとどめる旧家・砂糖問屋の母屋、砂糖蔵、米蔵など4つの蔵を浦辺鎮太郎さんが宿として改装、昭和32年(1957)に開業。看板の文字は、芹沢けい介の作。平成18年(2006)、あなぶきエンタープライズに経営権が委譲され、外観は古の面影を残していますが、客室(17室)は洋寝室を中心とした高級感のある5室にリニューアル。平成29年(2017)に西の間、乾の間、ゆの間の3室が増設。2021年のミシュランガイド、ホテル・旅館部門で4つ星を獲得。

※2 倉敷アイビースクエアの宿泊棟は、2020年10月にフル・リニューアルしました。

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