佐藤正志さん

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長距離トラックで鮮魚を運ぶアルバイトをしながら建造資金を稼ぎ、23フィートの木造ヨット・百鬼丸(ひゃっきまる)を自作。1983年に出帆し世界一周を成し遂げたヨットマン。宮城県塩竈市生まれ。帰国後、1年半ほど逗留していた泉大津から宇野港へヨットを回航してきた頃に出会いました。その時の一点の曇りもない瞳と頑強な歯並びの口元から発せられる塩竈の訛りに一目惚れし(笑)、3年ほど弊社の仕事を手伝っていただきました。その間、何度か一緒に瀬戸内海の「探検クルーズ」を楽しみましたが、今治市沖・魚島群島へのクルージングは、特に良き思い出となっています。

真冬の北太平洋を単独で日本からアメリカに渡った馬鹿なヨット乗りは、僕の知る限り世界で2人。僕と佐藤さんだけ(荒天帆走)。太平洋をヨットで横断するのは、春から夏にかけて。冬は、いけない。低気圧の墓場だよ。命を落とすよと言って止めたのに彼はやりきった。だけど、あそこは、ケープホーン(南米最先端の海の難所)より怖かったらしいよ(池川富雄・談)。

多くの事業アイディアが書き込まれていたノートを手に、「人が切り開いた道を辿るのは実に簡単なこと。僕は、パイオニア的な仕事を成し遂げたい」が口癖でした。最後に会った頃は、香川県丸亀市に居を構え、ヨットの回航などをされていました。

丸亀港に係留していたクモノス(百鬼丸)

閑話休題

船が岸壁を離れ港を後にするとき、汽笛で長音3声を吹鳴する習慣があります。 1番目の吹鳴は海の女神(海の掟を守ること)への誓いの表明、2番目の吹鳴は天空の神(良風の恵みを乞う)への忠誠の表明、そして最後の吹鳴は恋人や妻子への別れの合図です。

帆船時代の習慣で、当時は角笛を吹いていたようですが、今もなお続いている船の習慣。洋上で僚船が互いに行き過ぎるときも吹鳴します。

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