木喰上人

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寛文5年(1665)、徳川幕府が定めた寺院法度は、その意図とは逆に真の仏教精神を求めようとする多くの在野僧を生んだ。日本各地を遊歩した木喰上人もそうした修行僧の一人。のちの日本美術史上に豊かな実りをもたらす秀作も残した。衆生を病苦から救う微笑仏。

船井郡の清源寺・羅漢堂には、木喰がここに逗留していた89歳の時に制作した最も卓越した微笑仏が揃っている。特に、阿氏多尊者像を初めとする十六羅漢像は、他に現存しない。河井寛次郎の初期作品も、ここではオマケか?(笑)。拝観料は、寸志(要予約)。

阿氏多尊者像

猪名川町の東光寺は、木喰のエンマ十王尊などの彫像群を安置していることで有名。木喰が当地に逗留していたのは、文化4年(1807)のわずか4カ月ほどのことに過ぎないが、この最晩年(90歳!)に彫られた26体の木喰仏(その内、東光寺に15体)こそ、長年の研鑽が見事に結実されたものであること示している。拝観料は、寸志(要予約)・・・参考サイト:猪名川町の木喰仏

木喰の かたみのふでもな 無阿弥だ かへすがえすも 南無阿弥陀仏

特別展:遠江の木喰仏(終了)
会 期:2016年10月29日(土)~12月4日(日)
    9:00~17:00
入館料:500円(一般)
会 場:浜松市博物館・特別展示室
    浜松市中区蜆塚4-22-1
    053-456-2208

木喰五行(1718~1810)は、北海道から鹿児島まで全国を行脚した江戸時代の遊行僧。60歳を過ぎてから90歳ころまで、各地の人々の求めに応じて1,000体以上の仏像を刻み続けました。ここ遠江の地にも、独特のほほ笑みを浮かべた『木喰仏』が残されています。その素朴な美は、大正末期に民藝運動で知られる柳宗悦が見出し、今なお多くの人を魅了しています。

本展示では、遠江の地においてその作風が顕著となった、誰もが親しみを感じる『木喰仏』にスポットを当て、歌や書などの資料も合わせ55点を展示し、その魅力と背景に迫ります。

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