Junko Fukutake Terrace

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2014年10月18日、岡山大学・津島キャンパスに Junko Fukutake Terrace が誕生。建築設計は、鹿田キャンパスにある Junko Fukutake Hall と同じく SANAA(妹島和世 + 西沢立衛)で、いずれも福武教育文化振興財団の理事長だった福武純子さん(1947〜2017)からの寄贈。尚、J テラスカフェの運営は、酒井プラニング株式会社(Cafe × ATELIER Z) が担当されています 🤣

Junko Fukutake Terrace(2015)

NEWS! ご案内をいただきました 🤣

催し物:Okadai ファーム・マーケット
日 時:2023年6月28日(水)
    10:30〜11:30
会 場:Junko Fukutake Terrace
    岡山市北区津島中1-1-1
    086-253-0567

岡山大学農学部附属山陽圏フィールド科学センター(086-251-8392)で生産した農産物の販売をJテラスのベランダ部分(屋外)で行います。どなたでもご参加いただけます。収穫したばかりの野菜や果物が持つ本来の味をお楽しみください。当日は、Jテラスのベランダ部分(屋外)で販売を行います。レジ袋は有料となっております。マイバッグ持参へのご協力をお願いします。

Junko Fukutake Hall(2013)

余談ですが、下記のテキストを目にして、写真家・石川直樹さんが「オーストリア先住民族・アボリジニは、自然から感じ取ったことを即興で歌にしながら歩いたり、文字の代わりに大地に砂絵を残したりする」という話をしてくれた記憶が鮮やかに蘇りました 🤣

太古から、それは5万年とも6万年ともいわれる長い間、アボリジニは人類最古のライフスタイルである狩猟生活をしながら、広大なオーストリア大陸を自由自在に移動してきたという。道路標識ひとつない、過酷としか思えない環境の中。ここで暮らしてきた彼らは、世界で最も水の乏しいオーストリアの砂漠を “生命あふれる豊穣な大地” だと私たちに示してくれる。土地を熟知し、神話界をリアルに生きるアボリジニ。彼らにとって、砂漠は恐れる場所ではなく、文字通り豊かな大地なのだ。

もともと “読む” “書く” といった文字を持たなかったアボリジニの人々は、砂漠で生きるための知恵や記録を、儀礼の場での歌や踊り、そして “絵画” を通じて次世代へと伝承していった。許された人間のみが、許された場所で、許された内容を共有しながら、世界存立のストーリーを様々な文様で密かに表現してきたのだ。その模様は一見、摩訶不思議なデザインに捉えられがちだが、彼らにとっては文字の代わりとなるビジュアル言語に他ならない。

中には、男性のみに所有が許される文様もある。それは、決して女性が見ることは許されておらず、万が一、女性の目に触れてしまったら、死をもって罰せられるという厳しい掟もあるぐらいだ。男女によって異なる文様の秘儀は、歌や伝説の中に隠されている。若者たちは、その歌の意味を成人儀礼を行う際に、ゆっくりと時間をかけて学んでいくのだが、年齢とともに学ぶ意味は複雑さを増していくのだから大変だ。

遊牧民族であった彼らが唯一、その文様を描いたのが大地と自らの身体、天然のオーカー(岩絵の具)や動物の脂肪、鳥の羽、植物の枝葉、自分の血液などを顔料として描き、伝達の儀礼が終わると全てをきれいに消して無くしてしまう。つまり、彼らの文様はこれまで私たちの目に一切触れることができなかったものなのだ。それを1971年、アボリジニ居住区へ派遣された美術教師の奨励により、現在使用されているキャンバスとアクリル絵の具が紹介されたのを機に、アボリジナル・アートは、“現代アート” として生まれ変わったのだ。

そう考えると、アボリジナル・アートは、まだ歴史の浅い芸術ではないのか、と言われそうだが、そうではない。そこには、“自然と自分たちがどう関わって生きていくべきか・・・自分を生み育てた大地には、愛と尊敬を持って接するべきである”。そういう想いが描かれているのだが、その想いが込められた文様が5万年前から現在まで変わらずに受け継がれているのだとしたら、手法が変わっても、アボリジナル・アートは、世界最古の芸術の一つといえるのではないだろうか。

砂漠で描かれる作品は、どれもアカデミックな芸術ではない。アボリジニの人々が大地と共生する純粋な喜びの表現であり、それを伝える大切な手段なのだと思う。彼らは絵を描くことで、大地の精霊とつながる “儀礼” を行っているようにも思えるのだ。ああ、何と神秘的な芸術なのであろう

アメックスの会員誌:DEPARTURES 2007年2月号 文:内田真弓
アボリジナル・アート

旅行ガイドブックなどで情報を集め、多額の金銭と時間を費やして訪ねた幾つもの観光地。手元に残っている写真には、その時々の楽しい時間が刻まれているはずですが、時を経るとその大切に思った記憶が薄れてしまっている。こうした寂しい現象は、残念ながら老化によるものなのかと歯痒く思っていたのですが、グラフィックデザイナー・磯田尚男さんのテキストに出会って成程とガッテンした次第・・・日々、新しい発見と出会っている筈の暮らしにちゃんと向き合わなくっちゃね(笑)。

表現力は身につけたいが、どうにも思うにまかせぬという人も多いことだろう。おそらく、次の理由によるものがいちばん多いと思う。一つは、イメージがよく浮かばない。良くも悪くもこれしか出ない。またはイメージが漠然としているという状態。確かにこれでは表現は腰が弱く、観念的になる。

第二は、イメージはある。これならいけると思う。しかし、それが頭を出発して腕を通って指先まできて、それから先がいうことをきかない場合である。最初のは、イメージのもとになる材料の仕入れが足りないのであり、また、仕入れても確認作業を怠っているのである。二番目は、まちがいなく技術不足である。

この二つを解決する道は、実は一つである。 “描くこと” これである。ここでいう描くとは、風景画や人物画などの作品をつくるという意味ではない。目についたもの、気になったもの、身の周りにある品物などを、何でも描きとめるという意味である。記録をとるように、メモをとるように描く、そういう特別訓練のことである。描く目的は確認のためである。漠然と描いていたら時間と紙の浪費でしかない。上手に描こうなどということも全く余計な考えだ。

何が、どうなっているかを、ためつすがめつ調べながらきちんと描きとめる。こういう作業をたくさんやる。毎日必ずやる。時間はかかる。丹念にやるほど時間がかかる。しかし、その分だけ自分の内部にたくさんの事柄や、見たものが深く刻まれる。ただ見ているだけではいつか記憶が薄れていく。描けばけっして忘れない。ディテールまでがしっかりと頭に入る。

それでも忘れるとしたら、きちんと描いていないからだ。これを繰り返していると、やがて思い浮かべるイメージがしっかりした映像を結ぶようになり、量が増え、連想もまた広がっていく。しかも、これだけ描き続けているのだから、技術が進まぬはずがないのである。何事によらず、蓄えなければ力にはならず、また自信もついてこない。

グラフィックデザイナー・磯田尚男

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