エットレ・ソットサスさん

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1981年に結成されたデザイン集団・メンフィス(MEMPHIS)の活動は衝撃的だった。当時の多くのデザイナーや建築家は、彼らから多くのインスピレーションを得て今を生きていると言っても過言ではないだろう。ソットサスさんは、今も豊かな疑問です。気紛れで、不確かな、勝手気ままな意志には服従しないという自由人であり、学び、行い、教えるという営みを続けるアーティストです。

平和的な調和を希求するベクトルが強くなれば、表現の自己規制という罠に囚われてしまう。デザインは、そうした独裁力を秘めていることを忘れてはならない。デザインに対して唯一配慮されるべきことは、儀式の進行を促進できるオブジェを作ろうとすることです。すなわち、もろく、はかなく、不合理であやうい日々の状態のなかで、ふと凝縮できる瞬間をもたらすことができるような移行を起こすこと、それがデザインなのです(エットレ・ソットサス)。

異種との平和的共存を探る旅。彼らの作品は、機能主義的束縛の中で炸裂した爆弾だった。今朝、古い雑誌を整理していて、スタジオ・アルキミアの記事を目にしたので記述しておきます。

企画展:倉俣史朗とエットレ・ソットサス展(終了)
    夢見る人が、夢見たデザイン
会 期:2011年2月2日(水)〜7月18日(月)
入場料:1,000円
会 場:21_21 DESIGN SIGHT
    東京都港区赤坂9-7-6 東京ミッドタウン・ガーデン内
    03-3475-2121

僕らが活動を始めた1960年代の初頭は、日本も敗戦から立ち直り経済復興の真っ只中。優秀なデザイナーがたくさんいましたが、中でも倉俣さんはヒーロー的な存在でした。例えば、彼の素材の使い方。どんな素材も彼の手にかかると、見たこともない魅力的なデザインに生まれ変わっている。人間的にも、仕事の上でも僕たちは皆、倉俣さんを心から尊敬していたのです。日本のデザインはギュッと詰まって無駄がなく合理的ですが、倉俣作品には不思議な空気感が満ちていて、僕らには表現できない世界なのです。彼と出会わなければ、僕の仕事も違っていただろうと思います。

ソットサスさんに最初に会ったのは、1960年代後半、パリの装飾美術館で開催されていたオリベッティの展覧会だったと思います。彼は、建築家、デザイナー、詩人、写真家、まさに天賦の芸術家だった。同時に「メンフィス」のようなデザイン運動を仕掛け、雑誌『TERAZZO』を監修するような編集能力もあった。けれども、人は頭で行動するが、もっとも大切なのはフィーリング、タッチだと語ってくれました。

芳香を放ち続ける倉俣さんの作品と、彼が尊敬し影響を受けたソットサスのデザインを、次の時代をつくる人々にぜひ伝えたい。そんな思いで、「倉俣史朗とエットレ・ソットサス」展を企画しました(三宅一生)。

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