人は誰でも生きるには、1日に最低4回は抱きしめられるべきです。すこやかな心のためには、出来れば8回。元気でいるためには、12回。ドラッグよりハグ!(出典不明・笑)。沼隈半島の眺洋山山腹に建てられたホテル棟やリボンチャペル(設計:中村拓志)から向島や百島が浮かぶ美しい海を一望できるベラビスタ スパ&マリーナ 尾道は、それをホスピタリティで実現していました。ありがとう! アイキャッチ画像は、客室のベッドで出迎えてくれる愛らしいデニム製のテディベア。
因みに、セレブも利用するこのようなラグジュアリーなホテルでは、当日のスタッフにその旨が伝えられ、接し方を情報共有するようですね。香川県の某ホテルに勤めている友人から、「貴方と同じ名前がリストにあったので、もしやと思って」との連絡を貰って、そのような事情を知ったとさ(笑)。
このホテルでは、チェックイン後には、真っ先に大好きなスパに直行。春の涼風に迎えられた際の露天風呂では、眼前に広がる瀬戸内海の景色とウグイスの恋の囁きとのシンクロに陶然となりました。そして、今回も一番の楽しみは、鮨 双忘での夕餉。ご主人のおまかせに身を任せているだけで、屋号の通り浮き世を忘れるほどの濃密な時間を過ごせます。因みに翌日の朝食は、パートナーが洋食を要望するのでいつもメインダイニング・エレテギアを使っていますが、機会があれば和食の瀬戸内 双忘も利用したいと祈念しています。
因みに、ベラビスタ スパ&マリーナ 尾道の近隣には、尾道市立美術館や神勝禅寺、アートベース百島、ふくやま美術館、鞆の浦など、周遊スポットにも事欠かない。
NEWS! ご案内をいただきました 🤣
ツアー:豪華チャータークルーズで小さな離島のアートの旅(終了)
日 時:2023年11月18日(土)
9:30〜19:30
参加料:25,000円(限定40席。要予約)
集 合:尾道ウォーターフロントビル(尾道ポートターミナル)
広島県尾道市東御所町9-1
0848-24-3000
ART BASE 百島は、2012年のオープン以来、アーティストや協働者との創作活動を通じて、この地域の隠れた遺産を探求し続けています。ディレクターである美術家・柳幸典は、岡山県・犬島で明治時代の銅精錬所跡地を美術館として再利用するプロジェクトを10年かけ完成させました。その後2010年に尾道市の離島・百島に出会い、旧百島中学校舎にスタジオを移し、ART BASE 百島を立ち上げました。以降、過疎化が著しい地域を芸術のもつ可能性で再生するという創造的かつ献身的なプロジェクトに取り組んでいます。
1日限りの本ツアーは、みなさまを穏やかな瀬戸内に浮かぶ隠れたアートの離島「百島」へご案内します。百島の人口は350人あまり。ART BASE 百島は、過疎化が著しい離島の芸術的可能性を探求し、残された遺産の創造的再生を目指すアートセンターです。原風景の残る島を歩き、廃校や旧劇場を活用した唯一無二のダイナミックなアート作品を鑑賞しながら、このために特別に考案されたランチやワークショップをお楽しみください。
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企画展:小林和作と中川一政
坂道を歩く
会 期:2024年9月14日(土)〜11月10日(日)
9:00〜17:00(入館は16:30まで)
入館料:800円(一般)
会 場:尾道市立美術館
広島県尾道市西土堂町17-19
0848-23-2281
本年は、1974年11月4日にスケッチ旅行中の不慮の事故で亡くなった本市の名誉市民である洋画家・小林和作(1888〜1974)の没後50年にあたります。小林和作が没したとき、中川一政(1893〜1991)は、「樹が倒れたようだ。その倒れたあとに青い空がみえる」といみじくもいったと伝わります。中川一政は、小林和作が洋画に転向した際の師匠であり、終生の友人でありました。戦後、神奈川県真鶴半島にアトリエを構えた中川一政は、福浦港などの風景、家族の肖像、薔薇や向日葵といったモチーフを繰り返し描きました。1989年、中川一政が作品を真鶴町に寄贈されたことにより、その業績と芸術を顕彰するべく真鶴町立中川一政美術館が開館されました。
本展は、当館の小林和作コレクションとともに真鶴町立中川一政美術館の作品を中心に約90点で構成されます。それぞれがアトリエを構えた尾道と真鶴は、「坂のまち」としても知られています。坂道を歩き街の人々に愛された二人の多彩な芸術の歩みをご紹介します。
岡山県全域と広島県の東半分の領土を誇り、4~5世紀の中頃、大陸との交流によって優れた技術力を習得し、ヤマト王権に匹敵する勢力を誇っていた吉備の国には、温羅(うら・百済の王子?)という兇族が新山(にいやま)に築かれた鬼ノ城に立てこもり、人々から鬼と呼ばれ恐れられていた。
吉備津彦命は、吉備の中山に陣を敷き、鬼ノ城に居城する温羅と相対したという。温羅は、鬼ノ城から吉備の中山に陣取る吉備津彦命めがけて巨岩を投げ、吉備津彦命は、鬼ノ城の温羅に向けて1本の矢を放った。岩と矢は空中で衝突し共に落ちた。吉備津彦命は、今度は温羅をめがけて放っ2本の矢の内の1本が温羅の左眼に深々と刺さった。窮した温羅は、鯉に姿を変え川を下る。それに気づいた吉備津彦命は、鵜に化けてその鯉を喰い殺したのである。
吉備の中山は、後世になって、この吉備津彦命を主人公に、犬養部、猿養部など武将、名産である桃や吉備団子も登場して昔話・桃太郎ができあがる。
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展示会:吉備から岡山へ(終了)
最新の発掘調査成果から
会 期:2024年6月20日(木)〜7月21日(日)
9:00〜18:00
入館料:250円(一般)
会 場:岡山県立博物館
岡山市北区後楽園1-5
086-272-1149
岡山県はかつて吉備と呼ばれ、県内には約2万か所の遺跡が残されています。岡山県古代吉備文化財センターは岡山県内における埋蔵文化財を保護・活用するため、この40年間で436か所において発掘調査を実施してきました。
今回のテーマ展では、古代吉備文化財センターの40年間にわたる発掘調査成果のなかから、神明(しんめい)遺跡から出土した銅鐸や、こうもり塚古墳から出土した単鳳環頭大刀柄頭(たんほうかんとうたちつかがしら)など、近年の発掘調査で見つかった出土品を展示し、人々の暮らしや祭り、墓や城などの特徴に迫り、吉備から岡山への移り変わりについてご紹介します。